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「漢字表記の外国地名」  (7/30/99 Version)

 1993年10月の羅府新報・木曜随想欄で野本一平氏が「羅府といういい方」と題して、漢字による日本以外の国名とか、都市名など42ばかり紹介されていた。その野本氏の記事に刺激されて、地名を漢字で表記する問題について、私見を記してみたいと思う。
 はじめから漢字で表記してある中国の地名の場合には、それを日本では、つい日本流に発音してしまうものだ。しかし、それでは現在の中国では通用しなくなっている。 例外として、「北京」であれば、戦前の日本で発行された地図には「ペーキン」と振り仮名がついていたので「北京」を「ホクキョウ」などと(日本読み)をすることはなかった。そのほか、「上海」は「シャンハイ」、「南京」は「ナンキン」と読むようにし向けられていた。最近の地図の本には、はじめから太いカタカナで標記して漢字名を小さく副えてある式を採用しているので間違った発音(とんでもない間違いの)をすることも避けられて便利になった。その新しい地図書では、「北京」を「ベージン」と読むように変更されている。
 ところが、もともと漢字などには縁のない中国以外の外国の土地名を、日本人は、こちらの耳に入った発音に似せて、日本流に、日本人同士で通じるように書き表わそうと苦労をしてきたことは確かである。しかし、地名は、どうしても漢字にするというやり方は、今ではすっかり廃れてしまった。 外国語をカタカナで表記するように定められたのは明治時代に遡るのだと思うが、大正時代になっても、文人などは、まだ諸外国の国名、地名などに漢字(公認または好き勝手な当て字)を使っていた。
 アメリカに移民としてきた日本人の間でも、土地の名前を漢字で書くことにこだわって、その土地の情報誌とか地方新聞に発表して使っているうちに、その漢字名がその土地以外の日系社会にもひろまっていったと思われる。 三十年前の羅府新報の「地方欄」には、まだ、布市*とか巴市、散港*、讃港*などからの地方記事が出ていたと記憶している。
 (注)*印は、野本氏の記事に取り上げられていた漢字名でもある。

 日本でも人の名前とか土地の名前を漢字で書いてある場合には、それを(正確)に読みこなすことは困難であることは周知のことで、振り仮名をつけるのが好ましい状態であるから、アメリカに来てまで、自分の住むマチをわざわざ漢字で「布市*」と書いて「フレスノ」と読ます(理解してもらう)など(無駄?)な努力をする日本人の心根がいじらしくもある。誰しも、特に愛着のあるものには、(あだ名)をつけたがるものであるから、洒落た漢字名前でも考えつけば一層おもしろさが増す訳で、一般にもアピールしたに違いない。なお、漢字にすると新聞などで印刷する際に場所を取らないという実益もある。さしずめ、サンフランシスコなどの長い地名を「桑港*」と二字に縮めてしまうと、見出しの場所に使う時には特に都合がよい。
 いずれにしても、日本に限らず、アメリカでも(公認)の略字が、至る所で採用されているのだから、日本で流行の(漢字略語)に文句をつけるのは見当違いである。しかし、外国の地名に関する限り、昔懐かしい漢字表記は使用されなくなったことは事実である。従って、今かろうじて命脈を保っている外国の漢字名でも最近の印刷物の中に見ることは、全く少なくなってしまった。 私は、老人の懐古趣味と言われるかも知れないが、先人が愛用した?漢字地名を、もう一度振り返って、ここに列挙してみた。
 亜市  (アラメダ、Alameda)
麦嶺* (バークレイ、Berkeley)
加州* (カリフォルニア、California)
剣橋 (ケンブリッジ、Cambridge)
市俄古* (シカゴ、Chicago)
格州 (コロラド、Colorado)
死の谷 (デス・バレー、Death Valley)
伝馬* (デンバー、Denver)
不老林* (フローリン、Florin)
布市* (フレスノ、Fresno)
大渓谷 (グランド・キャニオン、Grand Canyon)
比良  (ヒラ、Gila River)・・戦時強制収容所
画村 (ガダループ、Guadalupe)
布州、布哇* (ハワイ、Hawaii)
心嶺山 (ハート・マウンテン、Heart Mountain)・・戦時強制収容所
聖林 (ハリウッド、Hollywood)
愛州 (アイダホ、Idaho)
帝国平原 (インペリアル・バレー、Imperial Valley)
加哇  (カワイ、Kauai)
楼台**(ローダイ、Lodi)
長浜 (ロングビーチ、Long Beach)
羅府* (ロスアンゼルス、ロサンゼルス、Los Angeles)
満座那 (マンザナ、マンザナー、Manzanar)・・戦時強制収容所
馬哇  (マウイ、Maui)
満市**(マウンテンビュー、Mountain View)
嶺爾亜山 (マウント・レニアー、Mt. Rainier)
寧州 (ネブラスカ、Nebraska)
紐育*、新約府 (ニューヨーク、New York)
新墨州  (ニュー・メキシコ、New Mexico)
王府* (オークランド、Oakland)
奥殿* (オグデン、Ogden)
橙郡**(オレンジ郡、Orange County)
央州  (オレゴン、Oregon)
巴市 (パサデナ、Pasadena)
真珠湾 (パール・ハーバー、Pearl Harbor)
費府 (フィラデルフィア、Philadelphia)
河畔 (リバー・サイド、Riverside)
絡機**(ロッキー、Rocky)
桜府*、桜面都 (サクラメント、Sacramento)
塩湖* (ソート・レイク、Salt Lake)
讃港* (サン・デーゴ、San Diego)
桑港* (サン・フランシスコ、San Francisco)
佐市* (サンノゼ、San Jose)
散港* (サンペドロ、San Pedro)
珊市 (サンタ・バーバラ、Santa Barbara)
聖市 (サンタ・マリア、Santa Maria)
沙港* (シアトル、Seattle)
素法県  (スポケーン、Spokane)
聖路易市* (セントルイス、St. Louis)
須市* (ストックトン、スタックトン、Stockton)
丹宝藍**(タンホーラン、Turnhorun?)
敵刺  (テキサス州、Texas)
鶴嶺湖 (ツールレーク、Tule Lake)・・戦時強制収容所
河下**(かわしも、ウオールナッツ・グローブ、Walnut Grove)
華府* (ワシントン市、Washington, DC)
華州 (ワシントン州、State of Washington)
華村* (ワットソンビレ、Watsonville)
倭州 (ワイオミング、Wyoming)
(注)*印は野本氏の記事に掲げてあったものである。
(注)**印はWalnut Grove在住の乗兼満子さんの御指摘により追加したもの。

 右の他にも古い南加の日本人史のあちこちに「冬村長老教会」という名が出ているが、この「冬村」は土地名ではなく、英語教会名の「ウインタースバーグ長老教会」を日本人の教会員が「冬村」と呼び慣わしていたということであるらしい。従って、この英語の原名であるWintersburgはカリフォルニアの市名としては地図には見あたらない。このウインタースバーグ長老教会は戦前にはハンチングトン・ビーチにあったが、今はガーデングローブに移っており、未だに日系人の教会員も多いらしく(日語サービス)もあると羅府新報の英語欄の教会案内に出ている。
 しかし、英語名Wintersburgは、教会名以外にも学校名としても、道路の名前とか、Garden Grove Wintersburg Channelとかの名前としてハンチングトン・ビーチ、ガーデン・グローブ、サンタ・アナ地区に見られる。

 以上で分かるように、日本人が漢字で呼び慣わした地名は、それぞれ有識人が考えた(傑作)もあれば、語呂合わせで発音が似ているだけのものもあり、英語の意味を間違えて当て字を使ったものもあることにお気付きと思う。 
例えば「聖林」として定着している地名のHOLLYWOODのHOLLYはヒイラギ(柊)である。その昔HOLLYWOOD地区に住んでいた日本人が雅号としてHOLLYWOODを日本語で「柊林」(シュウリンと発音)と書いて日本人仲間に紹介していたのに、周りの日本人がHOLLYをHOLYと間違ってHOLYの意味の(聖)を使って「聖林」と言い換えたのがそのまま広まってしまったということだと当地の古老が話している。
 それから、日本人が多数住んでいたとか、よく訪れる土地であっても、その名前に漢字の(渾名)が印刷物には簡単に見つからないところがある。例えば、ガーデナ、ベーカース・フィールド、タコマ、モンタナ州などがある。これらの漢字名は、誰かが発明したのであろうが、あまり普及しなかったということだろう。
 これらの漢字名の中で、今でも使われているものは、ごく僅かになっていることは、誰しも認めることと思うが、その中でも「羅府」という名前は、「羅府新報」が続く限り、安泰?であるとみたい。ロス・アンジェルスを日本人が、なぜ「羅府」と書くようになったかの考察は、野本氏が調べたところでは、1956年発行の「南加州日本人史」にその由来が明記されているそうだ。それによると、1894年に当地で漢詩に長じていた船橋義七氏が、その頃のロスアンジェルス市の中国名「羅省技利*」を「羅府」と変更して日本人が使用することを言い出したのが日本人社会に定着したのだという。
*(注)「羅府技利」の技は、羅府新報社の誤植で枝という字が、正しいのだと思う。
   1960年版の「南加州日本人七十年史」の45頁にある記載に由る。

 日本人は、漢字だけに頼らないで、発音記号として使える仮名文字を発明していたので、それを使えば、どんな地名でも容易に表記出来るのだが、生憎、中国人は、外国の地名を書く時にも漢字を利用して表記するより手がないので、無数にある外国地名に全部漢字を当てはめないといけないという不利な条件がある。私は外国の地名まで、中国人のヒソミに習って不便な漢字表記をする必要はないと思う。 
 たまたま生き残った漢字名の「羅府」以外で、中国名にあやかった漢字名では、ニューヨークの中国名「紐約」を「紐育」として使ったぐらいのものであろう。この「紐育」も現地でも日本でも、今は殆ど使用されなくなっているのではないかと思う。しかし、中国名の「紐約」は、現存しているのかどうかは知らない。中国人が使用していたロスアンゼルス「羅省枝利」は、現在では変更されて、「洛杉キ」(キの漢字は、機に似ているが、木ヘンの代わりに古を使う、また、このキの略字として石ヘンに几を横につける)と書くようになり、その発音はロサンキに近いと聞いている。
 それでは、アメリカの西海岸の都市で、夙に拓けたサンフランシスコの日本名「桑港」も中国人がいち早く使っていた漢字名をもじったのではないかとの疑問が出る。ところが、サンフランシスコの中国名は「旧金山」であるというのだから「桑港」とはおよそ似つかない。「桑港」の語源について疑問を持った岡本宣明氏が「札医通信358号」に日本では、明治時代には、「角里伏爾尼亜州」(カリフォルニア州)の「桑方西斯哥港」(サンフランシスコ)と書いていたらしいので、そこに「桑港」の語源があると指摘されている。私には、日本人に馴染みの深い「金門橋」とか「金門湾」を、中国人がどう呼称しているのかにも興味があるのだが、まだ分からないままでいる。
 日本人は、アメリカの表記法でも昔は「亜米利加」を使っていたのを簡略にして「米国」として今でも愛用しているが、中国名では「美国」となるのだから、中国名を真似したものとは考えられない。従って世界各国の名前も日本人は、自らの発想で命名したのだと思う。

 アメリカ以外の諸外国の日本式の漢字名は、その多くが「死語」となっているが、野本氏は、以下に列挙する20ばかりの名前を示しておられた。すなわち、イギリス「英吉利西」、イタリー「伊太利」、フランス「仏蘭西」、ドイツ「独逸」、ロシア「露西亜」、ユダヤ「猶太」、カナダ「加奈陀」、メキシコ「墨国」、ペルシア「波斯」、トルコ「土耳古」、オランダ「阿蘭陀」、スエーデン「瑞典」、ベルギー「白耳義」、オーストリア「墺太利」、ポルトガル「葡萄牙」、エジプト「埃及」、アッシリア「亜刺比亜」、パナマ「巴奈馬」、パリー「巴利、巴里」、ローマ「羅馬」などである。
 その他にも、漢字利用の日本式表記の国名、地名では、スペイン「西班牙」、ハンガリー「洪牙利」、インド「印度」、フィリピン「比島」、オーストラリア「豪州」、ブラジル「伯剌西爾」、ギリシャ「希臘」、ロンドン「倫敦」などがある。

 ここで触れておきたいのは、漢字を三字も四字も羅列して外国名にするのは、面倒くさいので、日本人うけのする、二字の外国名が可成りの数で実用化された。すなわち、アメリカを「米国」、英吉利を「英国」、仏蘭西を「仏国」、独逸を「独国」、伊太利亜を「伊国」、伯剌西爾を「伯国」とするなどである。しかし、この調子で西班牙を「西国」などと書いてみると、どうも混乱を招いて不都合になるので、日本人好みの省略法も度を過ごすと仇になると思う。

 ともあれ、これらの各国各様の、伝統・歴史に基づく国名表記は、国際連盟に採用された英字による表記に従うのが、混乱を防ぐためには一番無難である。そして英語綴りは、日本人に発音し易いカタカナ表記にするべきで、日本流の(創造名)は避けるべきである。
 しかし、今でも日本人が未だに漢字表記に固執している外国地名(=日本の方言)もある。例えば、太平洋、大西洋、地中海、紅海、黒海、死海、裏海(カスピ海)、喜望峰(ケープ・オブ・グッド・ホープ)などである。しかし、日本で発行されている帝国書院の地図帳には、漢字とともに英語が併記してあるのは喜ばしい。 (7/30/99)

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